大人になるとどうして世界は面白くなくなったのか。
子どもだった頃はあんなにはしゃいでいたのに大人になると忘れてしまう感覚、
それは『遊び心』。
子どもの頃は何でも不思議で、モチベーションという言葉を使わないくらいモチベーションが高かった時代があった。
たとえ、机に向かっての勉強は楽しくなくても、外に行ったり体育の授業はとても楽しかったなど、私たちはモチベーションがかなり高いときというのは、いつも「ゲーム感覚」である場合が多いだろう。
それを参考に、大人になってもいろいろな仕事を、責任を、ゲーム感覚でクリアしてみたらモチベーションが高まるに違いない。
モチベーションを上げる方法はゲーム感覚
男性は大人になると、どうしても責任を取る機会が多くなる。
たとえば、会社で役職に就く、男女の平等が叫ばれるとはいえ、体力や社会的な要請などから男性が管理職につくことが多いだろう(現実として)。
また家庭で言えば、やはり家の大黒柱と言われ、妻の尻に敷かれても一家を土台で支えなければならないのが男たち。
そうやって責任を沢山おってくると、ゲーム感覚ではいられない。
なぜなら現実的なリスクを負わなければならないからだ。
テレビゲームならリセットボタン一つで何度でもやり直しができる。
しかし、現実はそうではない。一度信用を失ったら取り返しがつかない。
人生はゲームじゃない。責任が。。。
と、考えてしまいがちであるが、果たして本当に取り返しがつかないのだろうか?
確かにいろいろな責任をおい、失敗したとき、沢山のものを失い、プライドが傷つき、動けなくなることはあるだろう。
しかし、本当の意味で取り返しがつかないことばかりであろうか?
究極の意味では、『死ぬこと以外はかすり傷』じゃないだろうか?
仕事をうしなっても、日本に住んでいれば、他にできることがある。
家族を失っても、一人で生きていけばいい。
誰かを傷つけても、誰かを傷つけずには行きられない世の中である。
このように考えてくると、ゲーム感覚を失う必要性があるのか?
とかんがえるのである。
ゲーム感覚まで捨てる必要はない。
失っても取り返しがつくものばかりだ。(プライドが邪魔しなければ)。
ゲームは楽しい。とても楽しい。あの頃の感覚を今取り戻して取り組めば、モチベーションは高いまま維持されるのである。
モチベーションという言葉すら忘れるゲーム感覚
ゲーム感覚を持つメリットは、モチベーションという言葉すら忘れるくらい、集中力が高まることである。
モチベーションを上げる方法という概念すら考えない。子どもの頃のような気持ちである。
だから、ゲーム感覚で仕事も家事も取り組んだらモチベーションが高いまま維持される。
そうっすると、実は、仕事の効率もよく、家庭の雰囲気もとても良くなるのではないか。
ゲーム感覚というのは無責任なように感じてしあう人もいるが、無責任という意味ではなくて、自分の最高のパフォーマンスを引き出す一つの手段である。
ゲームといっても、本気で取り組んでいただろう。
ゲームだからこそ、寝ずに頑張った経験があるだろう。
ゲームの中はおもしろい。
現実世界はもっとおもしろい。
ぜひゲーム感覚で何事も本気で取り組んでみたらいいとおもう。
失敗してもゼロにはならないではない。経験値が残っている。
今までの積み重ねを土台にして、またやっていけばいいのである。
ゲーム感覚で最高のパフォーマンスを引き出そう!
ビジネススキル担当
WING・つばさ
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